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2015-08-21 (Fri)
日々、新たな気づきや発見が起こるにつれ、
そこから何かが見えて来たり、学べることが多くあるものの
それでも、毎回それらを捨てている。

何かがわかっては手放し、また何かがわかっては手放し、
といった風に、毎回空っぽな状態に戻すことを繰り返していると
その空っぽさの中に、より新たなものが現れて来るのを感じる。


日々、色々な発見に出会うと、「おお、凄い!」と感動したりする
ことがある。

けれども、そこで「これこそ本物だ!これこそ正しい」と、それを断定し
握りしめてしまうと、それはすぐに「死んだ」ものになってしまう。

また同時に、「これぞ正しいもの」といった
観念のフィルターを通した催眠の世界に入り込んでしまう。


今発見された何かは、確かに今この瞬間には驚くようなものであって、
実際に役立つものであるかも知れない。
けれども、それが「正しい」ものかどうかは、長い時間が経ってみないとわからない。
また、ある面では正しいけれども、別の面でいうと正しくないのかも知れない。


もちろん、「正しい」「間違っている」というのは観念上のものであって
実際にそういったものが存在しているわけではない。

けれども、現象世界でのことを言うと、
普通は何かを考えたり、組み立てたり、作り出したりするに際して
その時その時、自分が「正しい」と感じることを採用している。

それはそれで問題ない。

しかし、その「正しさ」にしがみついてしまうと、
「自分のしていること、考えこそ正しい」という催眠の世界に陥ってしまい
いつの間にか、生命のありのままの世界から離れてしまう。
(厳密には、どんな時でも離れているものではなく、また離れることも出来ないのだ
 けれど、説明の便宜上、ここではそういう表現で・・・)


結局、毎回何かをする時に出来ることは、その時に有用だと思えるものを採用し
それと同時に、それが「正しい」かも知れないし、「正しくない」かも知れない
といった可能性にオープンでいることだと感じる。

どっちに転がっても構わない。

ただ、今自分が出来ることをして行くのみ。


例え時間が経って、今感じていることや「発見」されたことが
ひっくり返ることがあっても、それはそれで構わない。
今この瞬間には、それが必要で有用なことであったわけで、
今この瞬間はそれで完全だからだ。

そしてその完全性は一瞬で終わり、また新たな
これまた完全な別の世界へと移り変わって行く。

この一瞬一瞬が完結している状態、
そしてその瞬間瞬間の連続性、これがとても美しく感じる。


一瞬一瞬、生命がしたいことをしていくのみ。

何も無駄なことはないし、何も間違っていることはない。


毎回何かがわかっては、その瞬間は一瞬で終わる。

そして、空っぽの中に、また新たな瞬間の世界が生まれる。


毎瞬毎瞬、新たにこの素晴らしい瞬間と世界を生きよう。


もし生命の源が感じられない、まだわからないという場合、
もし自分が今この瞬間にこの世に生まれて来たとして、
まだ何も知識も経験もないとしたら、と感じてみて欲しい。

すると、この世界は不思議に満ちていて
発見の連続になることが実感出来るのではないかと思う。


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