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2015-12-18 (Fri)
随分昔の話だけれど、一時期、言葉の語源について気になっていた
時期があった。

確か最初のきっかけは、英語の ”swear” が、どうして「誓う」という
「神聖」な意味と、「罵る」といった真逆のようにも思える意味とが
あるのか、それを不思議に思ったことだったと思う。


この単語の語源に関して色々と調べてみると、いくつか解釈があったけれど
その中でも私にとって一番シックリ来たのが、単純に
「何かを強い気持ちを込めて言う」というものであった。
その「強い気持ち」の種類によって、「誓う」となったり、「罵る」となったり
その指す内容が変わって来る。

そんなことがきっかけで、一時は言葉や単語の語源について
色々と興味を持っていたことがあったが、その後長い間、すっかり忘れていた。


ここ最近になって、井筒氏の本を読むようになってからというもの
今度は語根というものにも興味を持つようになった。

まず、語根というものをWikipediaで調べてみたところ、途中からの、
セム語族の語根についての説明が非常に新鮮に感じた。

引用してみると

 セム語(アラビア語、ヘブライ語など)では原則として子音3個のみからなる
 語根(語基)があり(ヘブライ語、アラビア語両言語ともにまれに4語根動詞がある)、
 これに母音や接頭辞・接尾辞を加えることで様々な語彙や動詞の活用形などが生じる。
 たとえばヘブライ語では、語根 "ג ד ל (g d l)" は「大きい」という概念を表し、
 これから "גדול(gadol)" (「大きい」男性形)、 " גדולה(gdola)" (「大きい」女性形)、
  "גדל(gadal)" (彼は育った)、 "הגדיל(higdil)" (彼は大げさに言う)、
 "מגדלת(magdelet)" (大げさに言う人)、その他多数の単語が派生する。



これが、私には非常に美しく思え、何だか感動してしまった。

そういえば、アラビア語(昔やってみたことがあったものの、難しくて挫折してしまった)
では、母音は3つしかなく、また書き言葉では、母音を書かないで表記する
(ヘブライ語でも母音は書かないで表記されるらしい)。

以前、大学の授業で、もしこれを欧州言語(アルファベット)を使うものでやってみたら
どうなるか、といった実験を行ったことがあった。

例えば、短い英語で表記するとすると

Hppy brthdy!

と書いてあれば、母音が省かれていても、「ああ、Happy birthday だな」とわかる。

けれども、これが長い文章になってくると、例えば文中で、
”house” を 母音を省いて ”hs” と表記されると、これは”house" なのか ”has” なのか、
”his” なのか、文脈で見ないとわからなくなってしまう。

でも、アラビア語やヘブライ語では、そこに独特の美しさがあるのだということが
わかって来た。


アラビア語に関しては、こういった母音を省いて表記する、といったこと以外にも
上で触れた語根の存在やその働きが非常に興味深く感じる。

語根の例について、こちらのサイトから引用させて頂くと

 アラビア語の単語は、一般的に3つの子音が元になってできているのですが、
 この3つの子音を語根と呼び、その語根からたくさんの単語が成り立っています。
 同じ語根の単語は同じ意味に関連しています。

 例えば「KTB」という語根を持つのは、
 書かせた KaTtaBa
 書いた  KaTaBa
 作家   KāTiBun
 文通した KāTaBa
 本    KiTāBun
 手紙   maKTūBun
 図書館  maKTaBatun
 机    maKTaBun

 これを見てみると、共通する意味は「書く」であるということが分かります。
 ということで、KTBの意味は「書く」となります。



例えば、井筒氏の『コーランを読む』の中にも語根に関しての説明が
簡単に触れられているのだけれど、その語根を訳すのは困ってしまう、という。
というのも、語根というのは動詞でも名詞でもなく、
そういったものになる以前のある意味をもった語であって
そこには固定された意味というよりも「(その意味)の在り方」「(その意味)性」
「(その意味)の感じ」など、まだハッキリとした形にはなっていないものということ
らしい。

そこから、動詞が作られ、名詞が作られ、その他様々な単語へと
展開されて行くという仕組みになっているようだ。

私には、この「まだハッキリとした形になっていない、ある意味性を帯びたものが
そこから具体的な単語へと展開されて行く」というのが、非常に神秘的というか
コトバの美しさを感じずにはいられない。

まず何らかの根源的「意味」を秘めた語根があって、そこから具体的な単語が生まれて行く
という、その展開の美しさ・・・。


コトバ、言語というのは興味が尽きない。



| 雑記 |
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