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2015-12-17 (Thu)
人間の意識には、表層意識、深層意識、集合的無意識など
様々な意識の層があると言われている。

これは、現象世界における意識の状態を表すのに非常に優れたモデルであると
感じる。

今日は、そういったアプローチではなく、そういったものを超えて
非二元がわかりたいという場合のために、一つ、ダイレクトパスのアプローチを
書いてみたいと思う。


お勧めの本である、グレッグ・グッドの " The Direct Path: A User Guide” の中で、
「心」や精神といったものに関して検証して行く項目がある。

その中でグレッグは、様々な観念というのは、学校教育などだけでなく
スピリチュアルな教えを通しても蓄えられて行ってしまうものだと説明している。
様々な教えでは、人間の意識というものを何段階にも分け、
それぞれの意識層における働きや特徴などを説いている。

もちろん、それらが全て「間違っている」というわけではないけれど
それでも、それらは広い意味での「現象世界」内での出来事や教えであり
非二元とは別のものである。

そのため、まずはそういった観念や教えを一度全て捨て、何もないところ、
本当にただありのままを検証して行くことが必要となる。


ではまず、様々な「意識層」というものについて見てみよう。

様々な宗教やスピリチュアル系の教えでは、人間の意識を何段階にも分けて
説明をしている。
私自身、このブログで「表層意識」「深層意識」「集合的無意識」など
意識をいくつかの種類に分けて話を進めたりしている。

まずは、それらを一旦脇に置いておいて、今この瞬間、本当にあるもの、
確実にわかるものは何だろうか、ということを見て行きたい。

まず、「表層意識」というのは、普段自分で何を考えているのか、または
感じているのかを直に意識出来ている部分、またはその性質を表している。

それに対し、「無意識」、「深層意識」、「集合的無意識」といったものは
普段は自分では意識出来ていない部分であり、どこか「隠れた」ものである
と言うことが出来る。

ここで、グレッグの方法をベースに(そこに若干アレンジを入れ)、
それを検証してみよう。

まずは、普段は知ることの出来ないとされている「無意識」に関してから。

1)まず、普段何か、分かりかけているのに分からない、といった状況、
  口から出かかっているのに、出ない、というような状況(例えば、誰かの名前、
  歌や映画のタイトルなど、「ほら、あれ、何だっけ・・・」というようなもの)
  を思い浮かべてみる。

  例えば、心理学によれば、そういった「あれ、何だっけ」の内容というのは
  「無意識」と呼ばれる領域に埋もれているとされている。


2)そういった、思い出したいのに思い出せない、というような内容が
  パッと出て来た時の状況について、思い起こして(具体的な状況が浮かばないなら
  それを想像して)みよう。

  例えば、「ああ、そうだ!井伊直弼だった!」「サンダーバードだった!」など。

  このように、「無意識」に埋もれていたとされるものが出て来た時のことを、
  思い浮かべてみよう。

  ここで注目すべきは、まずはそういったものがまだ「現れていない」状態があり
  (思い出したいのに思い出せない、口から出かかっているのに、出ないなど)
  その次に、それらがパッと出て来た状態(現れた状態)というものがある。

  その、それらがパッと出て来た瞬間の状況について、把握してみよう。
  (今実際に再現出来ない場合は、そういった状況を想像してみてもOK)

  そのパッと出て来たものは、一体どこから出て来ただろうか?


3)その出て来たものを、ただそのままにしておき、やがては消えて行くのを
  見てみよう。

  何であれ、出来てた(浮かんで来た)ものは、やがて消えて行く。

  消えて行く際、それはどこへと消えて行くだろうか?


4)必要であれば、このプロセスを何度か繰り返し、そういったものが
  どこから現れて、また、どこへと消えて行くのかを検証してみる。


ここで、それぞれのステップについて、検証解説をしてみよう。

1)まず、自分が求めていた内容(人の名前、歌や映画のタイトルなど)が
  パッと出て来る前、つまり、意識に浮かんで来る前というのは
  それらはどこにあっただろうか?

  それらは、よく言われる「無意識」と呼ばれる箱、または何らかの具体的な場所に
  ストックされていただろうか?
  それを、自分で実際に見ただろうか?

  (「無意識にストックされている」という教えや観念を頼りにするのではなく、
   そういった教えを何も知らなかった場合、今この瞬間に自分で見て
   わかることが出来るものものを頼りに検証をする)

2)求めていた内容がパッと現れた時、それは本当に「無意識」と呼ばれる箱や
  何らかの具体的な場所から直に現れたのを、自分で目撃しただろうか?

3)もし、「そうだ、確かに ”無意識” から現れているのが見える」と感じる場合、
  それでは、それがどうして「無意識」であるのだと分かるのだろうか?
  
  その「領域」に、「これは無意識である」と書かれているだろうか?

  そうでないならば、何らかの「空間」があり、それを「無意識だ」とするのは
  思考によるラベルづけによるものであり、「無意識」自体がそう言っているわけでは
  ない。

4)浮かんでいた内容が消えて行く時、それが「無意識」と呼ばれる箱、または
  何らかの具体的な場所に再び入って行くのを目撃しただろうか?


こうして検証して行くと、実際には「無意識」という具体的なものがあるわけではく
それらは一種の観点的なモデルに過ぎないということがわかると思う。

「無意識」と同じように、例えば「深層意識」や「集合的無意識」であっても
何かしら浮かんで来る時というのは、そういった特定の具体的な場所から出て来る
というよりは、「どこからともなく」出て来る、といった方がより実体験に
即しているのではないだろうか。

では、その「どこからともなく」とは、どこなのだろうか?
それは、ただの「空間」である。

そして、そういったものが「空間」の中から浮かんで来るのがわかる(認識出来る)
ということは、つまり、それらは全て、「意識」の中で起こっていることであると言える。

(実は、空間といったものは本当は存在していないもので
空間は「意識」によって成り立っている、または、それそのものである、と言えるのだけれど
それに関しては長くなってしまうため、また別の機会に説明をしたいと思う。)

つまり、観念によるカテゴリー分けをなくす、または外してしまうと
全てはただ意識(そして、意識という空間)の中に浮かんで来るものであり、
どれが「無意識」で、どれが「深層意識」から出て来たものだ、という区別は
実際のところはないのだということがわかる。


念のため付け加えておくと、「空間は意識」「全てはただ意識の中に浮かんで来る」
の「意識」とは、普通の意味での「意識」(「意識」対「無意識」)ではなく
根源的な実在の「意識」のことを指している。


そうは言っても、「無意識」「深層意識」といったものは、でも、
脳波を測ればちゃんとわかるではないか、という声もあるかも知れない
(確かに、現象世界ではその通りで)。

けれども、この「脳波を測る」ということは、これもダイレクトパスで
説明することが可能であり、実際は何ら非二元といった意味での「真理」を
証明するものにはならないのだと言える。
(過去のダイレクトパス関連の記事で、身体や他者、世界(バーチャル
リアリティ)などのもので検証方法のコツがおわかりであれば
この「脳波を測る」ということについても、見破ることが出来ると思う)


だからといって、「無意識」「深層意識」「集合的無意識」といったものが
全部デタラメで意味がないものかというとそうではなく、現象世界においては
非常に役に立つ、ありがたい説明モデルである。

このブログを書くにおいて、今後も現象世界について書く際は
「無意識」「深層意識」「集合的無意識」といった用語や概念を使って
書いては行くけれど、それはあくまで現象世界についてのことであり
非二元的に言えば、そういったものは「ない」と言える。

一見、相反するように見えるけれど、「意識」と現象世界のカラクリがわかって来れば
非二元の「それ」がわかるようになり、例えば「スピリチュアルな教え」のもつれなどが
スッキリほどけて来て、いつでもここにある、生(せい)の源のシンプルさに
気がつけるかも知れない。



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