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2015-05-31 (Sun)
ダイレクトパスで検証をする際の、いくつかの注意点を書いておきたいと思う。

これは探求の過程で自分自身が経験したことに加え、
読者の方々から頂いた質問などをもとに、よくありがちなことに関して
簡単にまとめたものである。

検証の際に参考にして留意して頂ければ、
より生(なま)のありのままの「これ」、生(せい)の源に
気がつきやすくなるのではないかと思う。


1. 検証に際してのあり方
  何かに関して検証をする際(例えば、「自分はいない」ということに関して)、
  つい「早く分かりたい」という気持ちが募り、真にありのままを検証するというより
  自分の現在の見え方、考え方、捉え方、感じ方、そういったもの変化させようと
  そちらの方に力を入れてしまうことが少なくない。

  例えば、「思考は自分ではない」「境界線はない」「これはただ浮かんでいるだけだ」
  などなど、こういったことを「正しいこと」「真理」だとしてしまい
  そういう風に感じるようになりたい、またはそう信じてしまえばいいのだ、と
  自分がそう感じているのだと思い込むことが出来るよう、頑張ってしまう。

  しかし、これでは結局は頭の中の概念・理想を追い求めているだけであるため、
  同じことの繰り返しであり、「真実」はいつまで経っても見えて来ない。
 
  検証をすることの意味は、そういった内容に沿うように自身の感じ方を変えることではなく
  実際に検証をして行きながら、自身で「ああ、そうだったのか!」と身を以てわかること、
  何が本当のことなのか、自身で見破ることが出来るようになることである。
 
 そのため、検証に際してのあり方は、何らかの方向に自分を合わせようと、
 変えようとするのではなく、
 未知のものを探って行く探偵のように、オープンに、冷静に、正直に
 淡々と実際の様子を見て行くのが鍵となる。

  また、それが難しい場合は、そういった検証はひとまず置いておいて
  何であれ、体感覚でもって、何らかの感覚を生(なま)で感じ切る、体験する、
  といった方を中心にした方がよいと思う。

  体験をしながら、いかに普段、自分が様々な恣意的な結びつけやラベリングをしているか、
  そういったことが明らかになって行き、また、本当のところは
  ただ何らかの体感覚が浮かんでいるだけ、ただそれだけなのだということが
  わかり始める。

  やがて、思考や言葉、そして更には「自分が体験している」といった感覚の体験をも
  超えたところから、自ずと洞察が湧いて来るようになる。


2. 数々の矛盾
  記事の中には、ある時にはこう書いてあり、また別の時にはこう書いてある、
  といったように、一見矛盾しているように見える箇所が少なくない。

  また、非二元や悟りといったことに関して人々が語っている内容も
  ある人はこうだと言い、またある人は全く逆のことを言っているように見受けられることも
  多々ある。

  それで、そういったことを読むと「一体どっちが正しいんだろう?」と
  疑問に思い、混乱してしまいがちである。

  これを「解決」するには、それらについて頭で考えるのをやめることである。

  非二元と現象世界に関しての描写や説明は、頭を使って論理的に理解出来る内容ではなく
  思考や言葉といったものを超えたところでわかるものだからだ。

  そのため、そういった「矛盾」を頭で理解しようとしたり、辻褄を合わせようとして
  色々と考えても、真の答えは出て来ない。

  非二元と現象世界というものは、パラドックスだらけだ。

  - 本当は何も起こっていないのに、ありとあらゆることが起こっている

  - 全てに意味はないのに、その全てが意味あるものである

 - 全ては幻想であるのに、全て本物が直に現れているものである

 などなど・・・。

 よって、非二元や現象世界について言葉を使って説明しようとすると、

 「認識のシフトが起こると、何も変わっていないのに、全てが変わってしまった。
  また逆に、全てが変わってしまったのに、何も変わっていない」という
  頭ではとうてい理解出来ないような説明しか出来なくなってしまうのだ。

 また、「私」といったことに関しても同じだ。

「自分はいない」けれど、「私」「自分」といった言葉を使って人と話す必要があり
 それがまた、頭で理解しようとしている人にとっては、
「目覚めた人たちは、自分はいないと言っておきながら、”私”、”自分”と
  言っているではないか、おかしい。一体自分とはいるものなのか、いないものなのか」
 と疑問に思い、混乱してしまうことがある。

 結局のところ、頭を通して、思考を通してでは理解出来るものではなく、
 自身の体験を通してでしかわかることは出来ないものなのである。

 そのために、自身の体験を通しての検証が重要になって来る。

 そうは言っても、またこれもパラドックスで

 - 探しているうちは見つからない、でも探すのをやめたらすぐ目の前にあるのが見つかる

 とも言える。

 しかし、これを聞いて、「よし、では探すのをやめれば見つかるのだな」と
 結果を期待しながら意図的にやめても、期待していることは大抵起こらない。

 だから、期待しながら、または熱い思いでやるのではなく、
 「どちらでもいい、でも真実はどうなっているのだろう」といった感じで
 好奇心を持ちながら淡々と検証を進めて行くのが鍵だと感じる。


3. 検証方法について
  このブログでご紹介したのは様々なアプローチの中のいくつかのものに過ぎず、
  唯一の方法でもないし、必ずしも誰にでも効果があるというわけでもないため
  ご自身で試されながら、自分に合った方法で取り組んで頂ければと思う。
 
  また、ダイレクトパスでの検証を行う際は、徹底的にこれまでの知識や
  他のスピリチュアルな教えなどを一度捨て、ただ目の前のありのままの状態を
  検証するものだが、検証をしている時期に、他のメソッドも併用してよいのかどうか
  迷われる方もいらっしゃると思う。
 
  そういった場合、「これが正解」というものはなく、各自の内面から
  「これがやってみたい」「これに惹かれる」といったものが沸いて来るものに
  素直に従ってやってみるのが一番良いと思う。

  例えば、ある面に関してはダイレクトパスで検証をし、またある面に関しては
  自愛をするなど、複数のメソッドを併用することも可能である。

  というのも、何がきっかけとなって洞察が起こるかは人それぞれであり
  生(せい)の源がきちんと導いてくれているため、あくまで自身の内面に従うことが
  何よりも重要だからだ。

  そのため、「何が正しいか」「どう行うべきか」に従うのではなく
  自身の内面の声に耳を傾け、自身にしっくる来る方法でその都度試行錯誤して行くことで
  道が開けて行くため、あくまで自身の内面の声に従って進めるのが一番だと思う。


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