12345678910111213141516171819202122232425262728293031
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2015-05-23 (Sat)
以前、自由意志と選択の錯覚に関して、因果関係(関連性)についても触れた
ことがあったけれど、わかりにくいところだと思うため、
もう一度別の方法で説明してみようと思う。


先日取り扱った例では、これから「意図的に」呼吸をしてみることで
その「意図「と「実際に起こった呼吸」との関連性を探ってみた。

もう一度、この一連の動作をバラバラにしてみて見ると、
実際に起こっているのは、

 1. 「よし、これから大きく息を吸って吐くぞ」という思い が浮かんでいる
 2.  実際に呼吸がゆっくり大きく行われる という現象が起こっている
 3. 「ほら、自分の意志で呼吸をしたよ!?」という思い が浮かんでいる

である。

では、ここで、これら一つ一つのことを見てみてみる。

まず、1も2も3の思いや現象も、それぞれバラバラに個別に見てみると、
それはただそういった一つの思い、または現象がそれぞれ浮かんでいる、
ということは分かるだろうか?


それが分かったら、次に
それらが集まった、一連の流れとして全体を見てみる。

すると、「1があって、次に2があって、最後に3があって、
ほら、やっぱり関連性があるじゃないか」と感じるかも知れない。

確かに、「普通」の認識能力であれば、こう感じるのは正しいことで
こう感じられないと、この現象世界の日常生活を過ごして行くのは難しくなるので
必要な能力ではある。
従って、こう感じてしまうのは、人間として当たり前のことであって
おかしいことではない。

ただ、この「当たり前」のことを検証せずに、長年盲目的に信じてしまっているため
どうしても本当のところが見えなくなってしまっているのだ。


ここでは、実際に何が起こっているのか、ということを別の方法で見て行くことにする。

もう一度、3つの事象を見てみよう。

 「よし、これから大きく息を吸って吐くぞ」という思い
  実際に呼吸がゆっくり大きく行われる
 「ほら、自分の意志で呼吸をしたよ!?」という思い

ここではより分かりやすくするために、思考で考えるのではなく
目の前に見えている、この字(文章)だけが唯一の現実だとしてみる。

すると、上の赤色の文章の中に、
「1と2と3は関連性がある」という文は入っているだろうか?

よくよく、文章を読んでみて頂きたい。

文字通り、字面通りに読んでみて、そこにはそういった文は見つかるだろうか?

・・・

本当に字面通りに読んだのであれば、そういった文は
そこには書かれていないことが分かる。


すると、「1と2と3は関連性がある」というのは
いわば、「行間を読んでいる」 「推測・判断している」ことであって、
本当はそこには含まれていない情報なのだ。

それは、思考が湧いて来て、ただ「1と2と3は関連性がある」と
言っているだけのことに過ぎず、
実際の事象の中に含まれている真実ではないのだ。


今は分かりやすいように字で検証してみたけれど、
実際に起こっている事象に関しても、全く同じ方法で検証出来る。

「これは〜だ」「〜だと思う」といった思考の場合
それは目に見えないもので、ある意味つかみどころのないものであるため
頭の中で一瞬浮かんで来る思考を、ついつい本当のこととして
無条件に信じてしまいがちだ。

更に言うと、自分がそういった思考を信じて採用してしまっていることにすら
気づけないことが多いのだ。

そういったわけで、頭の中に浮かんでいることを一旦文字にして書き出してみて
それを目で確かめて検証してみることによって、より「客観的」に
何が本当に現れている事象なのか、そして
何が勝手によそから(頭の中から)取り出して来てくっつけた情報なのか
(上でいう、「行間を読む」「推測・判断する」といった行為など)
それが区別しやすくなる。


頭の中のイメージや、目の前にある物を検証するのであれば
それらのイメージや物自体に、「これは〜だ」「これとこれは関連性がある」
と書いてあるだろうか?

もしそう書いていないけれど、「そう思う」「そう感じる」というのであれば
それは上の例で見たように、「行間を読んでいる」「勝手に推測・判断している」
ことであって、頭で勝手に作り上げてしまったものなのだ。
(とは言っても、そういった考えが浮かんで来ること自体は、何も悪いことではない。
 それがただの思考であると見抜ければ、そこでその思考の内容を
 無条件に信じて採用してしまうのではなく、本当のところが見えるようになる)


そしてまた、頭の中で浮かんで来る思考や思いに関して検証する場合は
それがつかみどころのないもののため、人によっては
思考の内容を「ただの現象の一つ」だと見破ることが難しく、
自動的に信じて採用し続けてしまうことが少なくない。

そういった場合は、上で試したように、一度思考の内容を字にしてみるとよい。
そして、この字(文章)が「現実」であった場合、
この文章に文字通り書かれていることは何か、を検証してみる。


少しづつ、主観と客観の違いがハッキリして来て、
ものごとの因果関係や関連性といったものは、実は事象に含まれている真実ではなく
頭で勝手に関連づけているに過ぎないものだと見えて来るかも知れない。

(もう一つコツとしては、頭での判断や推測といったものは
 過去の経験の積み重ねから導き出されるものであるため、
 『記憶の正体』の記事でも書いたように、記憶に頼るのをやめ
 まっさらな状態で検証することが重要だ)


(後日注記: これは、あくまで非二元、空観に至るためのアプローチであるため、
 普段の生活の中でこれをやりすぎると、「通常」の判断が出来なくなったり、
 相手への最低限の気遣いが出来ない人となってしまい、
 人間関係がおかしくなってしまう危険があるため、あくまで自分一人の検証用として
 捉えて頂ければと思います。)



| ダイレクトパス・非二元 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。