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2015-05-13 (Wed)
何故か些細なことで無性に怒りや悲しさを感じたり、
何らかの大きな反応をする際など、実はそこには心の奥底に溜まっている
自分ではまだ気がついていない思いというものが原因となっている
場合がある。

そんな時に、この「本心を知るワーク」というのが役に立つことがある。
もちろん、人によって合う合わないがあるようだけれど、私にとっては長い間
非常に助けられたメソッドだった。



以下、そのやり方を書いておこう。


何らかの思考や思いが湧いて来たら、その思いをノートに一行書き出す。

そこで、「何故そう思う(感じる)のか?何故それじゃダメなのか?」
と自分に問う。

そこで、頭で考えるのではなく、パッと浮かんで来た答えをノートに書き出す。

そこから更に、再度「何故そう思う(感じる)のか?何故それじゃダメなのか?」
と問う。

そして、またパッと浮かんできた答えを書き出す。

こうして、矢印を使ってどんどん下の方に答えを書き出して行くうちに
あるところで「ああ、自分はこんなことを実は思っていたんだ!」という
核の信念や観念に突き当たる。

そうすると、これまで抑圧していた感情や自分で全く気がついていなかった本心、
長年抱いていた思いなどに触れ、感情が勢い良く溢れ出て来る。

時には、号泣したり、醜い言葉を吐き出したくなる衝動が湧いて来たりするけれど、
そういう時は、理性でストップをかけないで、思う存分吐き出す。
(といっても、人に対してするのではなく、あくまで自分一人でやる。
声に出してやる方が私の場合は効果が大きかった)

これを繰り返して行くうちに、段々と自分の本心が分かって来て、
また感情を抑圧することから解放されて行くようになる。

自分でやりながら気がついた注意点やキーポイントとしては、

1. 頭でもっともらしい理由を書き出すのではなく、パッと心で思い浮かんだことを書き出す。
 それがいかに非論理的であっても、全然関係がないような内容であっても
 理性でストップをかけず、思い浮かんだまま書き出す。

2. 浮かんで来た内容が、どんなに「かっこう悪い」ものでも、非道徳的な内容でも
 恥ずかしいものでも、誰かに見せるものではないので、正直に書き出す。
 ここで正直になれるかによって、自分の本心に触れられるかどうかが分かれてしまう。

3. 自分に正直になれるようになってくると、自然と自愛が深まって来る。
 自分の頭で理想とする「素敵な自分」だけを愛するのではなく、
 むしろ、自分が恥ずかしいと思うような部分、認めたくないと感じるような部分を
 正直に書き出し、それを認めることによって、本当の意味での自愛と癒しになる。
 (ずっと誰にも認めてもらえず、自分からもそっぽを向かれて
  寂しい思いをしていた自分の一部分が、やっと自分に受け入れてもらえ、
  安心して癒されたような感じになる)


具体的な例があった方がイメージしやすいかと思うので、
実際の私の例を一つ参考までにあげてみようと思う。

以前、私は主人や身近な人が具合が悪くなると、とても可哀想だと思う反面
急に怒りが湧いて来ることが多々あり、ある時にそれに気がつき、
どうも変だと感じるようになった。

そこで、どうして怒りが湧いて来るのか、ノートでやってみた。

身近な人が具合が悪くなると頭に来る
  ↓ (何故?)
わからない
  ↓ (何故具合が悪くなると頭に来る?何がダメ?)
私をバカにしている<←これは突拍子もない答えなので、理性としては無視したくなるが、浮かんで来たまま正直に書くことが重要>
  ↓ (何故バカにしていると感じる?バカにされたら何でダメ?)
自分が責められているように感じる
  ↓ (何で責められているように感じる?何でそれじゃダメ?)
自分のせいで相手が病気になったと言われている気がする。
私の普段の行いが悪いから、その仕返しと当てつけとして相手が病気になっている


・・・とここまで来たところで、大きな洞察がやって来た。
そして、どうして自分でも気がつかないうちに、
こんな風な思いを抱くようになっていたのかが分かった。

子供の頃、母親が病気だったのだが、その頃、親や祖父母など周囲から
「いい子でいないとお母さんの病気は治らないよ。病院から帰って来られないよ」
と繰り返し言われていた。
それは恐ろしいことで、そんなことになっては困るので、
一生懸命にいい子でいようと日々神経を張り巡らせていた。
自分なりに精一杯いい子でいるよう頑張っていた。
それなのに、結果は、母親は病院でそのまま亡くなった。
それ以降、私は知らないうちに、母の死(身近な人の死)と自分の責任を
結びつけてしまっていたのだ。

それで、身近な人が具合が悪くなる度に、何だかそれは私の普段の行いが悪いと
責められているように感じ、相手を気遣う思いと同時に
何とも言えない理不尽さや怒りを感じるようになってしまっていたのだ。

上の例では、隠れていた信念が出て来たけれど、
それ以外にも、もっと単純な本音や本心を探る為にもノートのワークは役立った。
こんな風に、自分の本心を知ろうとノートを使って
普段は意識出来ていなかった思いやその核となる信念や観念を探ることが出来、
色々な発見をすることが出来た。


人によって、上手く掘り下げられる人と、同じところをグルグルしてしまい
掘り下げられない人と、色々とあるようなので
もし自分に合うようであれば、試してみると面白い発見が色々と出来ると思う。


************
後日記:

この「本心を知るワーク」に関して、「とても効果がある」という人と
「いくらやっても、同じようなところをグルグルしているだけで、なかなか
核なる部分に辿り着けない。コツが分からない」という人とに分かれており、
その「コツ」についていくつか書いておこうと思う。

「本心を知るワーク」をしている時というのは、ノートに字を書いては
いるものの、左脳優位ではなく、あくまで「胸の辺りの感覚」「体感覚」に
全神経を集中し、そこから浮かんで来るものを書き出して掘り下げて行く。

私個人そして他にこのワークが上手く出来ている人の様子を確認したみたところ
このワークに取り組んでいる時の「体勢」はというと、
顔は斜め下向きで、目はどこを見ているのかよく分からないけれど
(実際に目に映っているのは斜め下の光景だけれど、でも意識はそこになく)
意識自体は自分の左手前、左下の方、特に左目に何か集中したものを感じる。


少し調べてみたところ、左目というのは右脳に繋がっているそうだ。
そして、心理学やNLPなどでは、目が左下を向いている時というのは
自分の内面との対話(内部対話)をしている時で、内面を深く深く掘り下げて
行っている状態であり、例えば哲学者や数学者などによく見られるとのことであった。

また、中には、左下を見ている時というのは、「考え事をしている」と書いてある
ものもあり、実際にやってみたところ、確かに左下を見ながら思考(頭)に
意識を向けると考え事となり、思考でグルグルになってしまう。

そこで、思考に意識を向けるのではなく、左下の方を見ながら(左目に重点を置く感じ)
胸の辺りや「体感覚」に意識を向けるようにする(神経を研ぎ澄ませる)と
表層意識の言語を超えた領域に繋がる(または繋がりやすい)のだと見えて来た。

「本心を知るワーク」が上手く出来ない、という方は
「次から次に色んな思考が湧いて来て、グルグルしてしまう」と言うことが多いため
それは意識が頭に向いており、思考に繋がってしまっているためということが
一因になっているのだと気がついた。

そのため、「本心を知るワーク」をするに際しては、「何故〜じゃダメ?」などの
質問をした後はすぐに思考を止め(意識を頭には持っていかず)、
例えば上に書いたような ”体勢” で、「感覚」の方に集中してみてはどうだろうか。

そうすれば、思考の部分ではなく、表層意識の言語を超えた領域の方に繋がりやすくなり
普段の表層意識では感じられない内容(本心、またはその他様々な洞察)に
アクセスしやすくなるものだと感じている。


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