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2016-03-26 (Sat)
以前に「非二元・無心のいろいろ」という記事でご紹介した、
井筒氏の「無心」の4つの種類に加え、更に「私はいない/私はいる」
といった観点から、新たにここのところ自分なりに感じていることを
少し書いてみたいと思う。

これはあくまで私個人の体験や感覚を通して感じていることであって
これが正しいというわけではないので、軽く参考程度に読み流して頂ければと
思います。

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| 生きるということ・生命 |
2016-03-21 (Mon)
今年に入ってしばらくしてから、なかなかアウトプットが出来なくなり
特に、このブログを以前のように頻繁に書くことが出来なくなった。

その理由はいくつかあるのだけれど(忙しいということもその一つ)、
その中でも最近よく自問していたのが
このブログを書く目的は何か、ということだった。

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| 生きるということ・生命 |
2015-12-12 (Sat)
ここのところ頻繁に引用している井筒氏の本
(『井筒俊彦全集第8巻、意味の深みへ』)に収められている「書く」
というものに、大変感動を覚えた箇所があったため、是非ご紹介したい。

それは、人が存在するということは、ただそれだけでもう「書いている」
ことになるというものだ。

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| 生きるということ・生命 |
2015-10-14 (Wed)
少し前、このブログでもご紹介させて頂いたMさんに、仙厓和尚について
教えて頂いた。

Wikipediaによると、仙厓和尚の辞世の言葉は「死にとうない」だったという。

Mさんがとても感動され、教えて下さったのだが、私もこれを読んで、
心が非常に揺さぶられ、感動して涙が溢れた。

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| 生きるということ・生命 |
2015-09-25 (Fri)
欧米の非二元の教えにお世話になっていた頃、そして
実際に認識のシフトが起こってからも、しばらくの間
この自分というのを「思考と感情・体から成り立つ複合体」のようなものだと
感じていた(実際、このブログの前半は、そういったスタンスで書いていた)。

そして、この現象世界で現れているこの「私」は、いわば暫定的な
フィクションのキャラクター、ゲームの駒のようなものに過ぎないと
見なしていた。

だから、何が起こっても「全てはストーリー」で片付けられるし
自分が何をやってもそれはこの「キャラクター」がやっていることだから、
ただ起こっていることだから、と身軽に感じたりもしていた。

けれども、ある時から、これはある意味「逃げ」であると気がついた。

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| 生きるということ・生命 |
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